a)レーザー光強度の空間依存性。z 方向に進行するレーザー光強度が、x=0 を中心に分布している様子を表している。通常のレーザー光はおおよそこのような分布になっている。

b)a)のようなレーザー光強度分布をしていたときの光のつくるポテンシャル。レーザー光周波数が、原子の共鳴周波数より大きいか小さいかにより、ポテンシャルの符号が異なり、したがって力の方向も変わってくる。

図1 レーザーのつくるポテンシャル

すなわち、原子をそれ以上減速できないという問題が生じる。しかし、この問題も、空間的に変化する磁場によるゼーマン効果によってドップラー効果を相殺させる方法(ゼーマン減速法)などによって克服され、高速の原子ビームを減速させることができるようになった。

 

光が原子に及ぼす力:その2一一双極子力

放射圧は光子の吸収に関連した力であったが、光子の仮想的な吸収と誘導放出に基づく保存力があり、これを双極子力と呼んでいる。レーザー光 E(t) により原子に誘起された電気双極子と励起レーザー光との相互作用エネルギーはポテンシャルを U(x)とすると、

と表せる(図1)。ここでχは分極率である。双極子力 f はそのレーザー光強度の空間依存性 E0(x)2に基づく力で、f=一dU/dx である。こうしてできたポテンシャルによって原子を閉じ込めることもできる。これを利用したものが双極子力トラップ法である。

 

レーザー冷却法:その1一一ドップラー冷却法

以上で考えた放射圧と双極子力を利用して、原子の速度分布をきわめて狭いものにすることができる。すなわち冷却することができる。まず、放射圧を利用したドップラー冷却法と呼ぱれるものをみていこう。

周波数νのレーザー光を図2のように両方向から速度 v で動いている原子に照射している状況を考える。ここで、動いている原子からみた光の周波数は、静止している原子からみたものとは異なる。これをドップラー効果と呼んでいる。速度 v で運動している原子にとって、対向する光のドップラー効果は、速度が光速に比べて十分小さい場合には、

ν'=ν(1+ v/c)

と表せ、また、同一方向に進む光に対しては、

ν'=ν(1- v/c)

である。ここで、レーザー周波数νを原子の共鳴周波数 (E2-E1)/h よりも少しだけ小さくしておくと、対向するレーザー光に対してはより共鳴に近くなるので大きな放射圧が働き原子は減速される。一方、同一方向に進む光に対しては、より共鳴から遠ざかり放射圧が働かなくなる。原子の運動の方向が逆になっても同様である。この結果、原子は速度ゼロ付近に冷却されることになる。これがドップラー冷却法の原理である。また、この状態を光モラセスと呼んでいる。モラセスとは糖蜜のことであり、光によってできた大きい粘性力を原子が受けている状態であることを表している。このドップラー冷却法による最終到達温度は光の強度や、光の周波数が原子の共鳴周波数と、どの程度一致しているかでも変わってくるが、これらを適当に選ぶことにより、kBT=h/(4πτ) まで冷却可能である(kB はボルツマン定数、τは励起状態の寿命)。23Na 原子では到達温度は240μK になる。

ドップラー冷却法は、放射圧が光の周波数に依存し、原子のみる光の周波数がドップラー効果により原子速度に依存していることを利用しているわけである。ここで、さらに不均一磁場を加えた場合を考えよう。原子のエネルギーはゼーマン効果により分裂し、場所により異なる値をもつ。このために、放射圧も場所により異なるようになる。不均一磁場の向きや、大きさを適当に選ぶ事により、放射圧が常にある場所に向かう様にすることができる。その結果、冷却された原子を空間的に閉じ込める(トラップする)ことが可能になる。これを磁気光学トラップ(MOT)と呼んでいる。

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