以下は低温物質科学研究センター誌第8号(2006年4月発行)に掲載されたものです。

「一家に1枚周期表」

寺嶋孝仁

京都大学低温物質科学研究センター

A Periodic Table of Elements for Every Family
Takahito Terashima
Research Center for Low Temperature and Materials Sciences, Kyoto University

1.はじめに

 「一家に1枚周期表」は文部科学省が主催する科学技術週間の一環として企画されたものです。教育・文化立国及び科学技術創造立国を謳うわが国の科学技術振興の長期的取り組みの一つとして、「自然も暮らしもすべて元素記号で書かれている」というキャッチフレーズのもと「美しくかつ豊富な情報を含んだ周期表」を各家庭に普及させることを目的としています。京大の時計台ショップをはじめとしていろいろな場所で販売されていますので、目にされた方も多いかと思います。この周期表は印刷版の他にWEBサイト(※参考記事)からもダウンロードすることができます。

 この周期表の成り立ちと基本的なコンセプトについては玉尾皓平先生(元 京都大学化学研究所教授、現 理化学研究所フロンティアシステム長)の解説(※参考記事)に譲りますが、発端は玉尾先生が2003年1月の第17回「大学と科学」公開シンポジウム「化学:自然と社会へのかかわり」で提唱されたことから始まります。昨今、子供たちの「理科離れ」、「化学嫌い」、「物理嫌い」が問題になっています。この周期表は一般の人達に科学技術の恩恵をわかりやすく知ってもらい、身のまわりのものはすべて元素でできているという、いわば当たり前のことを改めて認識し、理科、科学が身近であることを感じてもらうのを目的に制作しました。

一家に1枚周期表(第3版、ノーベル賞受賞者入りのもの)

2.周期表ができるまで

 この周期表の普及のためには、公的なルートが重要ということで、玉尾先生が文部科学省に働きかけられ、上記の様に科学技術週間の行事の一環として実現することになりました。また、日本化学会、日本物理学会、日本薬学会、日本微量元素学会、高分子学会、応用物理学会の監修になっていて、学会から認定されたものになっています。実際の制作にあたっては化学同人が採算を度外視して協力してくれました。

 制作作業が始まったのは2004年9月からで、制作メンバーは玉尾先生、桜井弘先生(京都薬科大)、筆者、化学同人の稲見國男さん、栫井文子さん、イラストレーターの山崎猛さんの6名です。有機化学の専門家の玉尾先生が主に典型元素を担当され、私は主に遷移元素を担当しました。桜井先生は講談社ブルーバックスの「元素111の新知識」の編著者で、元素全般に亘る幅広い造詣をお持ちです。化学同人の本社ビルに制作メンバー全員が集まり、2004年の10月から2005年の3月にかけて10回以上の制作会議を行い完成させました。

 制作にあたって、全元素の特性をリストアップし、その中からイラスト案とキーワード候補を絞り込み、各元素につき推敲に推敲を重ね、イラストもほとんどすべてを何度も描き直してもらいながら理想的な周期表に仕上げていきました。ちょっと大げさに表現すれば、わが国の科学技術史上、科学教育史上初めて作られたイラストつきの美しくかつ最先端情報満載の周期表の登場といえます。

製作スタッフ 左から、イラストレーターの山崎氏、筆者、玉尾先生、桜井先生、栫井氏、稲見氏(化学同人にて)

3.周期表の特徴

 各元素について、原子番号、元素記号、元素名(日本語と英語)、原子量、放射性元素については代表的な同位体とその半減期を示してありますので、十分な実用性があります。その上で用途や性質などを4件以内で示し、その中から代表的なものをイラストや写真で簡潔明瞭に表現しました。

 これまでにも外国には使用例を示したイラスト、写真入りの周期表はありましたが、これほど美しく詳細で、かつ分かりやすいものは初めてではと思います。この周期表はわれわれの身の回りの世界の縮図であり、まさに世界は元素でできていることを広く一般の人達に実感してもらうことを目的として制作しています。そのため、Fのフライパン、Crのやかんなど身近なものから、Tiの光触媒、Erの長距離光ファイバー用光増幅器、さらにCについてはフラーレン、カーボンナノチューブという最先端の物質、用途まで含まれています。イラストについてはAsの携帯電話とヒジキ、Feのビデオテープと血液など意外性のある組み合わせにして印象に残るよう配慮しました。

 また、この周期表ではわが国の科学技術の強さを一般の人達、特に子供達に知ってもらうため、H2ロケット、Tiの光触媒、Geのトランジスタラジオ、Gaの青色発光ダイオード、Ruの水素化触媒、TeのDVDディスク、113番元素の発見、などを取り上げました。これに関連して、自然科学分野でのわが国のノーベル賞受賞者を掲載したものも用意しました。

 この周期表では低温・物質科学についても多くの項目を盛り込んであります。低温についてはHe:液体Heは超伝導磁石の冷却剤、N:液体窒素は優れた冷却剤(-196℃)を入れました。また、超伝導についてはイラストでCu:高温超伝導体の磁気浮上、Nb:リニアモーターカー、説明文でBi:実用高温超伝導線のおもな元素が入っています。磁性についてはイラストでFe:ビデオテープ、Co:ハードディスク、Ni:MRIの磁気シールド(パーマロイ)、Nd:ネオジム磁石、Sm:サマリウム-コバルト磁石、Gd:MDディスク、Tb:プリンタヘッドの7つを取り上げています。さらに半導体についてはイラストでSi:太陽電池、Ge:最初のトランジスタラジオ、Ga:信号機(青色発光ダイオード)、As:携帯電話の4つを、説明文でSb、Te、Tlについても触れています。このように子供たちがこの周期表を見ることで、自然に低温・物質科学にも興味を持てるようになっていますので、このセンター誌の読者の皆様にもぜひ身近に貼って頂いて、普及にご協力頂ければ幸いです。

それぞれの元素について、用途の写真やイラストがあり、その下に簡潔な説明を記してある。

4.周期表の反響

 この周期表は発表されて間もなくマスコミの注目を浴び、新聞各紙で紹介されました。特に毎日新聞の記事(当初の10万部がすぐに捌けて、さらに10万部増刷!)の効果が大きく、人気に火がつくことになりました。またNHK(総合)のお昼の番組で取り上げられ、解説委員の方が10分程度にわたり詳しく説明してくれました。これで一般の認知度が一気に高まることになりました。その他、AERAなどでも紹介されています。

 この周期表が発表されてから、制作者の私達が予期していなかった形で大きな反響を頂きました。それはインターネットの世界でのことで、いろいろなblogでこの周期表が取り上げられています。これは科学技術週間、科学技術広報財団のサイトから自由にダウンロードできることが効を奏しました。Blogは一般の人達がこの周期表をどう見ているのかを直接知ることができるため制作者サイドには非常に有益です。制作者側が今後、こうしていきたいと思っていることを先取りして書いているものもありました。中学校、高校の先生がダウンロードしてクラスの生徒に配布していることもわかりました。印刷版が約35万枚出ていますので、ダウンロード版を合わせると、すでに百万枚以上が世の中に出ているのかもしれません。この周期表を家の中に貼っておくことで、おしつけがましくなく自然に科学への興味を持ってもらうことができるのではと期待しています。当初、中学生、高校生を対象として想定していましたが、blogから小学生に対しても効果が大きいこともわかってきました。さらには、幼稚園児を持つお母さんのblogに病院の遊び場に貼ってあるのを子供が見かけ興味を示したので、買って帰ったという記載があったのには驚きました。予想以上にこの周期表は子供の目を引くようです。これは、1つ1つの元素がカードになっていて、カード収集の興味にもつながるものになっているのが効果的なためなのではと思います。もちろん、この周期表は大人の理科離れにも効果はありそうです。「冷蔵庫、トイレに貼って、ただ、見ているだけでも十分楽しめる周期表」、「ママにも1枚周期表」などの記事が踊ります。

5.周期表の今後

 現在、化学同人からはA1版の大きいポスターも売り出されています。またこの周期表をもとにした、絵本やテーブルマット、マグカップやTシャツなど、多様な企画も計画されていますし、外国語版の企画も持ち上がっています。今後さらに大きく発展していくものと思います。

 「一家に1枚周期表」は2005年3月に第1版が発刊され、5月にキーワードの見直しなど最初の改訂を行いました。その後、多くの方々から頂いたご意見を参考にして、2006年1月に第3版の発刊を予定しております。第3版では写真・イラストを含め多くの変更箇所がありますので、第2版までをお持ちの方もぜひ第3版をご覧下さい。今後もより良いものになるようキーワードやイラスト案なども含めてご意見をお寄せ頂きますようお願いいたします。この周期表が世の中に定着していくことを期待しています。

※参考記事

月刊「化学」(化学同人発刊)2005年5月号、p.22〜23

月刊「化学」(化学同人発刊)2005年12月号、p.28〜31

科学技術週間ホームページ(http://stw.mext.go.jp/)

科学技術広報財団ホームページ(http://www.pcost.or.jp/