代表的論文と解説

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代表的論文

"Anisotropy of Magnetoresistance Hysteresis around the ν=2/3 Quantum Hall State in Tilted Magnetic Field"
Kazuki Iwata, Masayuki Morino, Akira Fukuda, Norio Kumada, Zyun Francis Ezawa, Yoshiro Hirayama, and Anju Sawada
J. Phys. Soc. Jpn. 79, 123701 (2010).
面内磁場を印加し、ランダウ準位占有率ν=2/3量子ホール状態のスピン転移点付近で異方的な磁気抵抗のヒステリシスを観測した。面内磁場が試料に流す電流に平行な場合、磁気抵抗のヒステリシスがほとんど生じないのに対し、垂直な場合、電流誘起の核スピン偏極に伴う強いヒステリシスが生じた。また、転移点でのスピン−格子緩和定数の観測も行った。これらの結果は、ν=2/3量子ホール状態でのドメイン構造が、試料を流れる電流の向きに影響されることを示している。

"Activation study of collective excitations of the soliton-lattice phase in the ν=1 double-layer quantum Hall state"
D. Terasawa, S. Kozumi, A. Fukuda, M. Morino, K. Iwata, N. Kumada, Y. Hirayama, Z. F. Ezawa, and A. Sawada
Phys. Rev. B 81, 073303 (2010).
2層系ν=1量子ホール効果で現れる擬スピン・ソリトン格子の励起を、詳細に活性化エネルギーを測定することにより明らかにした。2層系ν=1量子ホール状態に面内磁場を印加していくと、整合−非整合転移が起こるが、転移点付近で活性化エネルギーの極小を観測した。活性化エネルギーの面内磁場依存性と理論との比較により、活性化エネルギーの極小は、擬スピン・ソリトンの集団励起モードである可能性を示唆した。

"Pseudospin Soliton in the ν=1 Bilayer Quantum Hall Effect"
A. Fukuda, D. Terasawa, M. Morino, K. Iwata, S. Kozumi, N. Kumada, Y. Hirayama, Z. F. Ezawa and A. Sawada
Phys. Rev. Lett. 100, 016801 (2008).
2層系ν=1量子ホール状態において、層の自由度を表す「擬スピン」は、XY平面内に強磁性的に揃っている。XY面内での擬スピンの方向は、両相間の電子の位相差に対応する。この系に面内磁場を加えた場合、擬スピンが位置の関数で面内磁場によるAB位相に従って変化する「整合相」から、位置に関係なく一方向に擬スピンが整列した「非整合相」に相転移することが知られていた。本研究では、整合−非整合相転移点付近で詳しく磁気抵抗測定を行った結果、ν=1量子ホール状態内に磁気抵抗の極大が生じることがわかった。この磁気抵抗の極大は、面内磁場と測定電流との方向に対して、大きな異方性を持つことがわかり、擬スピンのストライプ状のドメイン構造である「ソリトン格子」が形成されることを強く示唆するものである。また、磁気抵抗の極大の温度依存性から、ソリトン格子の熱的な揺らぎが電気伝導に大きく寄与していることがわかり、有限温度での2層系ν=1量子ホール状態の面内磁場−電子密度に対する相図を作成した。さらに、電子密度差を加えた場合、ソリトン格子相が消失することが明らかになった。

"Magnetotransport study of the canted antiferromagnetic phase in bilayer ν=2 quantum Hall state";
A. Fukuda, A. Sawada, S. Kozumi, D. Terasawa, Y. Shimoda, Z. F. Ezawa, N. Kumada and Y. Hirayama
Phys. Rev. B 73, 165304 (2006).
2層系ν=2量子ホール状態は、層の自由度を表す「擬スピン」と通常のスピン自由度が絡まりあって多彩な量子相を呈することが期待される。本研究では、量子輸送現象測定により、2層系ν=2量子ホール状態において強磁性(ferromagnet)相とシングレット(Singlet)相との間に、傾角反強磁性(canted antiferromagnetic)相の存在を明らかにした。また、総電子密度―トンネリングエネルギー空間での相図から、傾角反強磁性相の存在範囲は、厳密対角化法による計算とよく一致することが分かった。さらに、総電子密度―電子密度差空間での2層系ν=2量子ホール状態の相図を作成し、傾角反強磁性相が二つの異なるタイプの領域に分類できることを解明した。

"Phase Diagram of Interacting Composite Fermions in the Bilayer ν=2/3 Quantum Hall Effect";
N. Kumada, D. Terasawa, Y. Shimoda, H. Azuhata, A. Sawada, Z. F. Ezawa, K. Muraki, T. Saku and Y. Hirayama
Phys. Rev. Lett. 89, 116802 (2002).
2層系ν=2/3量子ホール状態におけるスピンと擬スピン自由度の存在する複合フェルミオンの相図を調べた。活性化エネルギーの測定によって3種類の量子ホール状態の存在と、磁気抵抗測定において見られる2種類のヒステリシスの存在を明らかにした。得られた相図は、定性的に相互作用のない複合フェルミオンモデルで理解できるが、トンネルギャップの繰り込みや高電子密度における非量子ホール状態の存在は、相互作用のない複合フェルミオンモデルでは理解できない。このことは、複合フェルミオン間の相互作用の存在を示している。

"Doubly Enhanced Skyrmions in ν=2 Bilayer Quantum Hall States";
N. Kumada, A. Sawada, Z. F. Ezawa, S. Nagahama, H. Azuhata, K. Muraki, T. Saku and Y. Hirayama
J. Phys. Soc. Jpn. 69 Letters, 3178-3181 (2000).
1層および2層2次元電子系試料を用いて1層系ν=1、2層系ν=2における励起エネルギーの比較を行った。その結果、2層間のトンネリング相互作用が励起に大きな影響を及ぼしていることが分かった。トンネリング相互作用が大きい場合は2層系では1層系の倍のスピン集団反転(スカーミオン)が観測された。また、スカーミオン励起のエネルギーはある特定のスピン反転数の時、極小となることを示唆した。

"Interlayer Coherence in ν=1 and ν=2 Bilayer Quantum Hall States.";
A. Sawada, Z.F. Ezawa, H. Ohno, Y. Horikoshi, A. Urayama, Y. Ohno, S. Kishimoto, F. Matsukura and N. Kumada,
Phys. Rev. B 59, 14888-14891 (1999).
2層2次元電子系試料を磁場中で回転し、 ν=1および2量子ホール状態の安定性の横磁場依存性を測定した。その安定性の振る舞いからν=1および低電子密度のν=2量子ホール状態にマクロ量子コヒーレンスが発生していると考えられることを発表した。

"Phase Transition in ν=2 Bilayer Quantum Hall State." ;
A. Sawada, Z.F. Ezawa, H. Ohno, Y. Horikoshi, Y. Ohno, S. Kishimoto, F. Matsukura, M. Yasumoto and A. Urayama,
Phys. Rev. Lett. 80, 4534-4537 (1998).
2層2次元電子系試料の2層の電子密度差を変えて量子ホール状態の安定性を測定した。その結果、総電子密度が低下すると、ν=2状態はあらゆる電子密度差で安定な、マクロ量子コヒーレンスが発生してもよい状態へ相転移することを発表した。

"Anomalous Stability of ν=1 Bilayer Quantum Hall State." ;
A. Sawada, Z.F. Ezawa, H. Ohno, Y. Horikoshi, O. Sugie, S. Kishimoto, F. Matsukura, Y. Ohno and M. Yasumoto,
Solid State Commun. 103 447-450 (1997).
2層2次元電子系試料の2層の電子密度差を変えて量子ホール状態の安定性を測定した。その結果、ν=1状態はあらゆる電子密度差で安定なマクロ量子コヒーレンスが発生してもよい状態あることを発表した。


"Chemical reaction of surface state electrons on liquid helium with atomic hydrogen";
T. Arai, T. Shiino, and K. Kono
Physica E 6 880 (2000)
温度1 K以下のヘリウム液面上で水素原子と電子が共存する2次元混合気体をつくることにはじめて成功した。混合気体内で水素原子に電子が付着して水素マイナスイオンが生成する反応がおこっていることを見つけた。

"Mixing 2D electrons and atomic hydrogen on the liquid helium surface";
T. Arai, and K. Kono
Physica B 329-333 415 (2003)
ヘリウム液面上での水素原子への電子付着反応の速度を精密に測定することにより反応速度係数を決定するとともに、以下のことを明らかにした。この反応の反応式は
H + H + e- → H- + H
で表される。両辺に現れるHはエネルギーおよび運動量を保存するための役割をしている。水素の電子親和力(electron affinity) 0.75 eV をフォトンとして放出する2体衝突の過程は断面積が非常に小さく、事実上おこらない。反応生成物のH-はヘリウム液面上に浮かぶことができず、液の中に溶け込む。これは液の中でH-が周囲のヘリウム原子を分極して引き寄せ、スノーボールとよばれる形態をとって安定化するからだろうと推察される。

"Spin-polarization effect on electron attachment to atomic hydrogen on liquid helium surface";
T. Arai, T. Mitsui, and H. Yayama
J. Low Temp. Phys., accepted
水素原子と電子が共存するヘリウム液面に垂直な方向に最大11 Tの磁場をかけ、スピン偏極の効果が電子付着反応に与える影響を調べた。実験の結果は強い磁場をかけるほど反応速度が遅くなった。H-の電子状態はスピン・シングレットであるので、スピン偏極したトリプレットの衝突では電子付着はおこらないということを確かめることができた。反応速度係数は磁場の2乗に反比例することがわかった。このことは水素原子と電子の衝突過程においてスピンを反転させる相互作用が働いていないか無視できるほど小さいということを示唆している。

解説

"2層系 ν =1量子ホール効果におけるソリトン格子相";
福田 昭、澤田 安樹
固体物理 43, 361-369 (2008).
2層系ν=1量子ホール状態において、層間位相差がドメイン構造(ソリトン)を形成することが、磁気抵抗ピークの異方性の観測から明らかになった。本論文では、2層系量子ホール効果で生じると期待されている巨視的層間コヒーレンスと、第二種超伝導体との比較についても解説を加えている。

"2層系量子ホール効果"
澤田安樹
京都大学低温物質科学研究センター誌 5 10-18 (2004)
2層系量子ホール効果の研究について、筆者の量子ホール効果との出会いから、分数量子ホール効果を説明する複合フェルミオン模型の解説を通し、試料の入手から最近の実験結果まで、網羅的に概説したレビュー。

"2層量子ホール系における層間コヒーレント現象"
;
江澤 潤一、澤田 安樹
日本物理学会誌 56, 334-338 (2001).
量子ホール効果の新しい側面−磁場ではなく交換クーロン相互用によって量子ホール状態のスピンは揃う−が関心を集めている。これはスピンSU(2)対称性の自発的破れと巨視的コヒーレンスの発生を意味する。2層量子ホール系では更に興味深いコヒーレント現象が実現する。層間の交換クーロン相互作用により層間に巨視的コヒーレンスが発生し、超伝導ジョセフソン効果と類似のトンネル現象が示唆される。

"2層系量子ホール効果−−−どのような現象が期待されるか?";
澤田 安樹、江澤 潤一、大野 英男
固体物理 32, 941-951 (1997).
量子ホール状態を複合ボソンの凝縮状態と考えられることから、2層2次元電子系の量子ホール状態には、マクロ量子コヒーレンスが発生する可能性があることを解説した。


"ヘリウム液面上で起こる原子状水素と電子の非弾性過程";
新井敏一, 河野公俊
固体物理 38 605 (2003)
温度1 K以下でヘリウム液面上で水素原子と電子を共存させると水素原子への電子付着反応がおこる。この反応についてこれまでの実験でどこまで明らかになったかのか解説した。